大阪高等裁判所 昭和40年(ラ)224号 決定 1966年3月30日
抗告人 佐藤六郎
相手方 株式会社美津和
右代表者清算人 外海波吉
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告人は、「原決定を取消す。相手方の申立を却下する。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告の理由記載のとおり主張した。これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。
本件記録によれば、本件担保は、仮処分債権者を相手方、同債務者を抗告人とする不動産仮処分申請事件において、相手方が仮処分命令の保証として供託すべく命ぜられその供託を為したものであるところ、相手方から原裁判所に対して右仮処分決定の執行が全部解放され、仮処分の本案に当る訴訟は提起されなかったことを理由として民訴法第一一五条第三項所定の権利行使催告の申立があったので、原裁判所は昭和四〇年九月一五日抗告人に到達した郵便送達により抗告人に対し「前記保証に対する担保権利者としての権利を当該催告書送達の日から一〇日以内に行使し、右期間及びその後二日以内に原裁判所にこれを申告すべき」旨、並びに「右申告がないときは右期間内にその権利を行使しなかったものと認め、保証の取消につき抗告人は同意したものとみなされる」旨の権利行使の催告をしたこと、しかるに、抗告人から同人が右期間の満了日までに催告に係る権利行使をした旨の報告書が右報告書を提出すべき期限である同月二七日までに原裁判所に提出がなかったので、原裁判所は抗告人が権利行使期間の満了日である同月二五日までに催告に係る権利行使をしなかったものと認め、本件担保取消について担保権利者である抗告人の同意があったものと看做し、同年一〇月五日本件保証を取消す旨の決定を為し、同決定正本は抗告人に対し翌六日送達せられたこと、抗告人は前記権利行使期間の満了後の同年九月二七日に大阪地方裁判所において相手方を被告として前記仮処分決定の執行により抗告人の蒙った損害の賠償を請求する訴を提起し、前記担保取消決定に対する即時抗告申立期間内の同年一〇月九日右担保取消決定に対し右権利行使をしたことを理由として抗告を申立てたものであることを認めることができる。
当裁判所は、訴の提起又は仮差押仮処分の申請等に付き担保を供した場合に、訴訟完結後担保提供者の申立により裁判所が担保権利者に対し民訴法第一一五条第三項所定の権利行使の催告をしたにもかかわらず、担保権利者が定められた期間内に訴を提起して権利行使をしないときは、同人は担保取消に付き同意をしたものと看做され、その後担保取消決定未確定の間に同人が訴を提起して権利を行使しても、一旦発生した同意の効果はこれがために消滅することはないと解する。(昭和一七年二月二四日大審院決定民集二一巻四号一四一頁参照)前認定の本件の事実関係においては、本件保証の担保権利者であった抗告人は権利行使期間の徒過により右保証についての担保権を失い、右期間経過後に訴を提起しても右担保権を回復することはできないから、本件について担保取消をした原決定は正当でこれを非難する本件抗告は理由がない。
当裁判所の右法律上の見解の理由はつぎのとおりである。
民訴法第一一五条第一、二項によれば、担保提供者から担保取消の申立があった場合には、裁判所は証拠資料によって担保提供者と担保権利者間の実体法上の法律関係を審理し、当該担保の被担保債権が現存せず且つ将来においてもその発生のおそれが皆無であること又は当該担保についての担保権若くは担保権利者の担保提供者に対する担保権が消滅したことを確認したときは担保取消決定をしなければならないが、右確認をすることができないときは、担保取消の申立を棄却しなければならない。即ち裁判所が担保取消決定をするには、担保提供者と担保権者との間の実体法上の法律関係として担保の事由が止んだこと又は担保権利者が担保取消に同意したことによって担保権が既に消滅していることを必要とするのであって、担保権が未だ実体法上消滅していないのに担保取消決定によってこれを消滅させることは許されていない。担保取消決定は、関係当事者の実体法上の法律関係に関しては、常に確認的な裁判であって新な実体法上の法律関係を形成する効力を有するものではない。担保取消決定をなすべき場合には、担保取消決定がなくても実体法上の関係では担保権利者であった者は既に担保権を失っているのであって、ただ担保取消決定がないために法務局から担保の返還を受けることができないだけの関係にあるわけである。
以上述べたような民訴法第一一五条第一、二項所定の場合における担保取消決定の法律上の性質は、同条第三項の場合における担保取消決定にも共通のものである。即ち右第三項の場合にも、裁判所が担保取消決定をするには、担保提供者と担保権利者間の実体法上の法律関係として担保権の消滅と云う原因が存在することを要するのであって、しかも右担保取消決定は右実体法上の法律関係の形成その他これに何等かの影響を及ぼす効力を有するものではない。このような担保取消決定の性質から云っても、また同条第三項の文理から云っても、同項は担保取消決定の原因である担保権の消滅に関する実体法上の規定であって、担保取消決定の手続上の要件を定めた規定ではないと解すべきものである。そして、同項所定の場合には、担保権利者の担保提供者に対する担保権自体が消滅し、担保権利者であった者は担保取消決定がなくてももはや担保権を行使することができなくなるのであって、このように一旦実体法上消滅した担保権は、たまたま担保取消決定が無かったり又は同決定が未確定であったりしたために、その効力を再び取戻すと云うようなことはあり得ない。担保取消決定は担保権利者の担保権が消滅したことを確認し、担保提供者が法務局から担保の返還を受けることができるようにする効力があるだけで担保提供者と担保権利者との間の実体法上の法律関係の形成変更又は消滅を生ぜしめる効力を持つものではない。
抗告人は、権利行使の催告の際に定められた期間が経過した後であっても、担保取消決定確定までに訴の提起があれば、担保取消決定をすることは許されないと主張する。そして最近の学説及び下級裁判所の裁判例では右抗告人の所説は通説に近い。その論拠は大率つぎのとおりである。
先づ民訴法第一一五条の文理解釈として、「同条第三項は第二項を受けて第一項結末の句に結び付く規定であって、担保取消決定の前提としてのみに限って担保提供者が担保取消に同意したものと看做す趣旨で、それ以外の観点においては担保取消に同意したものと看做す必要はない。このように担保取消に同意したものと看做す効果は担保取消決定と表裏一体をなしていて互に過不足なく一致するから、担保提供者の担保取消決定申立があって始めて担保取消に同意したと看做す効果が発生し、担保取消決定が確定しない限り担保取消に同意あったと看做す効果も確定しない。即ち、第三項による権利行使催告の際に定められる行使期間は、担保権を確定的に消滅させる期間ではなく、むしろ、この期間中に担保取消をしないとの猶予期間であると解するが相当である。前記の当裁判所の見解の如きは、第三項を前二項から切離してその字句のみに拘泥して解釈したことによる誤読誤解である。」と云うのである。
また、右のような解釈をするを相当とする実質的な理由として、「第三項は、訴訟の完結にもかかわらず担保権利者が担保権の行使をしないときは、担保提供者は担保を取戻してこれを利用することができない状態が長期間に亘ることになり著しい不利益を受けるので、担保提供者をこのような不利益から救済することを目的とした規定であって、積極的に担保の取消消滅を主たる目的とした規定ではない。しかも、同条第一、二項の場合と異って、被担保債権の存在する可能性が極めて濃厚な場合であるにもかかわらず、専ら担保提供者の不利益を緩和消滅させるために例外的に担保の取戻しを許そうとするものであるから、右第三項は可能な限り担保の存続を計りその取戻しを抑止するように解釈運用をするのが担保制度の本来の目的に合致する。殊に前記当裁判所の見解のように単に手続上の理由で権利者に担保を喪失させるのは担保制度の目的に反する。担保取消決定の前提としての権利行使期間徒過の場合においても、民訴法第五三条、第二二八条第一項の補正期間の徒過による訴状又は訴の却下の場合や同法第七四六条の起訴命令があった場合に起訴期間の徒過により仮差押、仮処分命令を取消す場合に、補正期間又は起訴期間はこれを猶予期間であると解釈するのと同様に、権利行使期間はこれを猶予期間と解すべきものである。即ち期間経過後であっても、担保取消決定確定前に訴訟の提起があって、いやしくも担保権利者が権利を行使する意思であることが明らかとなった以上、もはや担保取消は許されなくなり、右担保取消決定に対する抗告審では、原決定を取消し担保取消の申立を却下すべきものである。」と云うのである。
右通説に対する当裁判所の反論は次のとおりである。
(一) 訴訟は遅延し易い。当事者が定められた期間までに特定の訴訟行為をしないときは、右懈怠の制裁として同人に対し一定の不利益を課する旨を定めた法条がある場合に、右期限後といえども或る期間内は右不利益を課することを差控える慣行が確立されると、右期限はたちまち有名無実のものとなり右延長された期間の終期が右期限に代わるものとなりがちである。民訴法第一一五条第三項の場合においても、その解釈として前記のような学説が通説となり、二、三その旨の裁判例が現れると、たちまちにして、右法条による権利の催告を受けながら定められた期間内に権利行使をしないのみか、担保取消決定の送達を受けるまで平然として権利の行使を怠り、右送達を受けて始めてこれに抗告を申立て、右抗告状及び担保取消申立事件記録が抗告審に回送され抗告審においてその審理が為される期間を利用して、おもむろに権利行使としての訴を提起し、その旨抗告理由を補充して担保取消決定取消の裁判を得ようとするような横着者が現れてき易いものである。このような弊害を避けるためにも、訴訟行為の期限を懈怠した制裁として懈怠者に対して不利益を課する規定がある場合には、右懈怠による結果が相手方の申立があって始めて発生する定めになっている等その他相当の理由がなければ右期限を事実上猶予延長するような法の解釈をすることは避けるべきである。本条項の場合、懈怠の結果である担保権利者の権利の喪失そのものは前述のように相手方の申立によって発生するのではないし、前記通説の主張する諸理由は、後述するように、訴訟行為の懈怠を助長するような法の解釈を許すに足る相当な理由とは必ずしも認め難い。若し裁判所の定める権利行使期間が短きに失するために訴を提起する暇がないと云うのであれば、最初から裁判所がその期間を長く定めるようにしたり、又は担保権利者の申立によって期間の延長を許す措置を講ずべきで、それをなさないで右期間の定めを免脱する便法を認容するような法条の解釈運用をすべきではない。
(二) 通説は、「民訴法第一一五条第三項の場合は、同法第五三条、第二二八条第一項、第七四六条の場合に類似するから、これら法条の解釈運用と同様に、訴訟行為を為すべき期間は猶予期間と解し、担保取消決定が確定するまでは訴の提起によって担保取消決定を阻止することができると解すべきである」と主張するが、当裁判所は民訴法第一一五条第三項の場合と他の各法条の場合とは次のような著しい相違があるから、同様の解釈運用を為すべきではないと解する。
民訴法第五三条第二二八条第一項、第七四六条の各場合は、いづれの場合も、期間徒過の制裁として訴状若くは訴の却下又は仮差押若くは仮処分命令の取消の裁判があっても、右裁判を受けた者は原則として右裁判によりその実体法上の権利を傷われないので、再び先に却下を受けた訴又は取消された仮差押仮処分申請と全く同一の訴又は申請を繰返すことができる。このような反覆による時間と労力と費用の無益な浪費を避けるために、これら法条により定められた訴訟行為を為すべき期間を猶予期間と解し、却下又は取消の裁判が確定するまでに補正又は起訴があれば、上訴審において右却下又は取消の裁判を取消す裁判すべきものとするのは一応もっともな理由がある。(但し、民訴法第二三八条所定の俗にいわゆる休止満了の場合のように、訴訟経済の観点では前記各場合と全く異るところがないにもかかわらず、訴訟行為をなすべき期間は猶予期間と解する余地なく、期限懈怠の制裁の効果は絶対に発生することもあるので、訴訟経済の観点から相当であると云うだけでは、右期間が猶予期間であると解する絶対的な理由にはならない。)しかるに、民訴法第一一五条第三項の場合には、他の場合のように訴訟行為を為すべき期間を猶予期間と解するを相当とする訴訟経済上の必要は全くない。
次に民訴法第五三条及び第二二八条第一項の場合には、被告は訴状又は訴の却下の裁判によって労せずして反射的な利益を受けるが、右裁判が取消されたからと云って積極的な不利益を受けるわけではない。民訴法第七四六条の場合には債務者は仮差押、仮処分命令の取消によって直接の利益を受け、右取消の裁判の取消によって直接の不利益を受けるから、同法第五三条及び第二二八条第一項の場合と同視するわけには行かないが、少くとも右裁判の有無によって債務者の実体法上の権利義務に変化はない。したがって、これらの場合には被告又は債務者の責任に帰することのできない理由によって同人等に間接的に利益をもたらす裁判を取消しても、考え方によっては必ずしも不当と云うことはできない。しかしながら、民訴法第一一五条第三項の場合には、担保権利者の権利行使期間徒過によって担保提供者は実体法上の担保義務を免れるのであるから、同人がその責に帰すべからざる原因によって右担保義務の免脱を受けられなくなるような右法条の解釈運用は到底公平なものとは云い難い。
更に、民訴法第五三条及び第二二八条第一項の場合は、いづれも補正の機会を与え且つその催促をすることを主たる目的としているのであって、訴状又は訴の却下を主たる目的とする規定ではない。同法第七四六条の場合には多少の疑がないではないが、第一項の債務者の申立があるときは本案の起訴をすべきことを債権者に命ずる点に主たる目的があり、第二項は第一項の附随的な規定と解することができないわけではない。したがって、いづれの場合も期間の徒過に対する制裁は厳格である必要なく、補正期間又は起訴期間は猶予期間と解する余地がないとは云えない。これに反して、民訴法第一一五条の場合には、第一、二項は云うに及ばず第三項の場合も含めて明らかに担保の取消を主たる目的とする規定と解することができる。したがって同項の権利行使期間は字句文理上の無理を犯してまでこれを猶予期間と解しなければならない性質のものとは到底解し難い。
最後に民訴法第七四六条の場合には法律行為(この場合には本案の起訴)の懈怠があっても当然に失権(この場合には仮差押、仮処分命令の失効)の結果を生ずるのではなく、結果の実現を求める申立(この場合には仮差押、仮処分命令取消の申立)及び失権の裁判(この場合には仮差押仮処分命令取消の終局判決)を経てはじめて失権の結果を生ずるのであるから、申立がない限り、また申立があってもその申立事件の第二審口頭弁論が終結しない限り、怠った訴訟行為を更めて追完して失権を免れることができると解する余地がある。(最高裁判所昭和二三年六月一五日判決、最高裁判所判例集二巻七号一四八頁、大正一五年の改正前の旧民訴法第一七三条、独民訴法第二三一条参照。但し、右法条では訴訟行為の懈怠によって失権するのは当該訴訟行為をする権利であるのに、民訴法第七四六条の場合には当該訴訟行為をする権利は失われず、別の訴訟行為の結果である仮差押、仮処分命令であるので、右旧民訴や独民訴の規定する場合と完全に一致しているわけではない。)しかしながら、民訴法第一一五条第三項の場合には、前述のように、訴訟行為(この場合には担保権の行使)の懈怠の結果(この場合には実体法上の担保権の喪失)は当然に生じ、結果の実現を求める申立及び失権の裁判を必要としないのであって、担保取消の申立は結果の実現を求める申立ではなく、既に実現している結果即ち、実体法上の担保権の喪失に基いて担保権利者の担保権の消滅を確認し、担保提供者が法務局から供託金を取戻す権限の附与を求める申立であり、担保取消決定もまた担保権を喪失せしめる裁判ではないから、民訴法第七四六条の場合のように、担保取消申立について裁判の確定までに訴を提起して権利を行使すれば訴訟行為の追完に準じて担保取消を免れることができると解する余地はない。
(三) 前記通説の実質的な論拠の根幹は、「民訴法一一五条第三項は被担保債権の存在する可能性が濃厚な場合であるにもかかわらず担保権利者のために例外的に担保取戻しを許してやろうとするものであるから、本項の適用に当っては公平の見地から担保権利者の保護に留意すべきで、可能な限り担保の存続を計り、その取戻しを抑止するように解釈運用すべきものであって、いやしくも担保権利者が担保取消決定確定前に訴の提起によって権利行使の意思を明らかにしたときは、それがたとえ定められた権利行使期間経過後であっても、もはや担保取消決定することは許されない。手続上の理由で権利者に担保を失わせるのは担保制度の目的に反する。」との主張部分である。
問題を簡単にするために、民訴法第一一五条第三項をその本来の適用対象である同法第一〇七条による訴訟費用の担保について適用する場合に限定して考えると、同法第一〇八条によれば被告は応訴によって担保申立権を失うのであるから、右規定との釣合から云っても、同法第一一五条第三項所定の場合に被告が権利行使期間を徒過したときはこれによって訴訟費用の担保に対する担保権を失うと解するのが合理的であって、右解釈が担保制度の目的に反するものであるとは考えられない。もっとも、同法第一一七条により訴訟費用の担保に関する民訴の法条を準用する場合には、同法第一〇八条は準用されていないけれども、それだからと云って、これらの場合には第一一五条第三項の解釈運用が訴訟費用の担保について同項を適用する場合と異るものとなるとは考えられない。
手続上の理由で実体法上の権利を失わせる規定は皆無ではない。民法第二〇一条所定の出訴期間を徒過した場合には、その制裁として占有権者は実質的には占有権に基く請求権そのものを失ったにも等しいことになる。そして、このような出訴期間に制限があるのは占有権の特異な性質に由来する。訴訟費用の担保や訴の提起に付き供した担保についての担保権もまた通常の債権や担保権とは異った性質があるから、定められた期間内にその権利行使をすることを怠った場合には実体法上の権利を失うことにしても、必ずしもこれを不当であると云うことはできない。即ち、訴訟の当事者は訴訟を進行終了させるべく裁判所に協力すべき義務があるから、前記のような担保の担保権利者は、訴訟完結後相手方の申立により裁判所から一定の期間内にその担保権を行使すべき旨の催告を受けたときは、右期間内に右権利を行使するか否かその態度を明らかにする義務を負っている。この点、通常一般の担保権利者の場合には、被担保債権の履行期が既に到来していても、右権利を行使するかどうか何時行使するかは担保権利者の自由であるのとは趣を異にしている。右のように訴訟費用の担保や訴の提起につき供せられた担保についての担保権は通常の担保権とはその性質を異にしているので、民訴法第一一五条第三項の規定を手続上の理由で実体法上の権利を失わせるものと解釈運用しても、右解釈運用を違法又は不当と云うことはできない。また、通常の債権者遅滞の場合には、債権者は原則として債務者に対して履行遅滞の責任を問うことができなくなるだけで、債権そのものを失うことはないのに反して、右第三項を実体法上の効果に関する規定と解するときは、権利者が定められた期間内に権利の行使を怠った制裁として失うのは当該権利そのもの全部であって通常の債権者遅滞の場合と比較して著しく苛酷である理由もまた右条項の適用のある担保権の性質が前記のように通常の担保権のそれと異るためである。いづれにせよ、当裁判所の見解によっても、債権者は権利行使を遅滞しても被担保債権を失うのではなく、担保権のみを失うのであるから、第三項を民法第二〇一条所定の出訴期間に関する規定に類するものであると解すれば、必ずしも不当に苛酷な制裁と云うことはできない。また、これら担保権はその発生に関する規定が民訴法中に定められているから、その消滅に関する規定もまた民訴法中にあって差支えなく、且つそれが当然である。
民訴法第一一五条第一項の場合には担保取消原因は被担保債権が存在しないことが多く、被担保債権は存在するが担保権がない事例は担保の差換えの場合等の例外的な極く少数の場合に限られる。しかしながら、同条第二項は担保権利者が担保権を放棄した場合の規定であるから、この場合には被担保債権の存否は全然問題にならない。同条第三項所定の場合も右第二項によって担保を取消す場合の一変型であるから、被担保債権の存否は担保を取消すべきか否かの判断の基準にはならない。このように、同条第二、三項は、被担保債権の存在する可能性があることは十分考慮においた上で、それでもなおその有無についての審理を省略して担保権の有無の面から担保取消をすべきか否かを判定する趣旨の規定である。したがって、通説の云うように、第三項の場合には被担保債権の存在する可能性があることと、同項はできるだけ担保の存続を計り担保取消を抑止するように解釈適用するを相当とするとの結論とは理の当然のこととして結び付いているのではない。
要するに問題は、民訴法第一一五条第三項所定の権利行使の催告を受けた担保権利者が定められた権利行使期間を徒過し、右期間経過後担保取消決定確定前に訴を提起して権利を行使した場合に、担保提供者と担保権利者とのうちいづれを保護するが妥当であるかである。なるほど、いやしくも被担保権利者が存在する可能性があり且つ担保権利者が第二項所定の同意をする意思がないことを訴の提起によって明確に表明したにもかかわらず、右起訴手続がたまたま所定の期間経過後になされたばかりに担保権を失うことになるのは、一見気の毒な感じがする。しかしながら、ひるがえって考えるに、右担保権利者の権利行使期間徒過は決してたまたま生じたのではなく自己の怠慢に由来するものであり、その担保権の喪失はいわば自ら招いたものと考えることができるのに反して、この場合に若し右担保権の喪失が認められないとすれば、担保提供者は何等自分の責に帰すべき理由もないのに担保を利用できない状態がなお長期間続く不利益を受けることになるわけである。そうすれば、右の場合は被担保債権存在の可能性を考慮に置いても、なお、必ずしも担保提供者を犠牲にして担保権利者を保護すべき場合に当るとは断言できない。そして、通説には、前述したように、法文の字句上及び文理上の解釈に無理があり、担保取消決定の法律的な性質と矛盾するところがあり、且つ通説のような法の解釈運用には実務上の弊害も伴うものであるから、これらの点も考慮に入れて比較検討すれば、通説の「被担保債権が存在する可能性がある場合には、できるだけ担保を存続させるように法条を解釈運用するのが担保制度を設けた趣旨に副う。」旨の主張は一応もっともとは考えるけれども、それだけでは右論理に伴う前記各種の難点を克服して通説を理由あらしめるには薄弱に過ぎる。
そのほか記録を精査しても原決定にはこれを取消すべき理由はない。
よって民訴法第八九条を適用し主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 長瀬清澄 阿部重信)